慶應鶏肋録

お気楽極楽勉強道楽。慶應義塾大学通信教育課程 法学部乙類学生(71期秋期)の卒業目指すジャーナル。

「終わらない人」じゃなく、「終われない人」宮崎駿

赤座林です。今日6/25は、「住宅デー」。アントニオ・ガウディの誕生日だそうで。

NHKスペシャル「終わらない人 宮崎駿」のDVDを観ました。去年晩秋に放送したものに、未公開映像を加えたBSスペシャル版が、DVDとなったんですね。その放映を観られなかったので、DVDを購入。

予想外によかったというのがわたしの第一印象です。 ここには、引退したはずの宮崎さんが、短編映画「毛虫のボロ」をCGで制作していく過程で、老いていく自らの現実と向き合いながらも、〈映画作り〉の情熱がムクムクと湧き上がっていく過程が、よく描かれていたからです。本人の独白が率直でしたし、編集もよかった。

この段階で絵コンテ100カットというのは、2時間強の映画で20分の1ができているということ。

私はゾクゾクした。 宮崎さんは終わっていない。 番組のタイトルを「終わらない人」に決めた。 (中略) でも、正しくは、”終わらない”ではなく、”終われない”だったのだ。 宮崎さんは自らの意思で復活を決意したのではなく、何かに突き動かされて、あのヒリヒリする現場にまた帰ってくるのだ。 76歳になった肉体が若返ることはない。「途中でくたばることを覚悟しなきゃいけない」と語ったように、宮崎さんが本当に長編映画をもう一度作るのだとしたら、”命”を懸けた壮絶な創作になるだろう。そうした葛藤を全て飲み込んで、宮崎さんはいま、なんとも刺激的な絵コンテを切っている。(「ディレクター・荒川格 取材手記」より)

さて、どんな長編映画ができるのか。

ジブリのプロデューサーである、鈴木敏夫さんは、本(『ジブリの文学』岩波書店)の中でこう語っている。

一つ目。「引退宣言の撤回」。 二つ目。この本(長編の原作となる、アイルランド人が書いた小説のこと。題名は知らされていない)には刺戟を受けたけど原作にはしない。オリジナルで作る。そして、舞台は日本にする。 三つ目。全編、手描きでやる。

監督はもちろん、宮崎さん。

鈴木さんはこうも言った。

あれから(宮崎さんの引退宣言のこと:引用者註)三年半の月日が流れた。宮さん(宮崎駿のこと:引用者註)の引退宣言を喜んだのは、ぼくを措いて他にいない。日本中が悲しみに包まれていた。なのに、あのとき、ぼくだけが壇上でニコニコしていた。老後の楽しみ。肩の荷を降ろす。いろんな言葉が浮かんでいた。これから何をやろう。そう考えると、うれしさを押し殺すことが出来なかった。束の間の夢だった--一期は夢よ、ただ狂へ。こうなったら、やるしかない。

と。

ジブリの文学

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