■2月16日(金) 大会8日目
羽生結弦選手が〈復活〉した―。
webはもとより各紙はそう表現した、圧巻のフィギュアスケート男子ショートプログラムの演技だった。
羽生選手の演技を実況していたアナウンサーもまた彼の〈復活〉を目にしていたひとりだ。実況を担当していたのはNHKの鳥海貴樹アナウンサー。
「羽生結弦が戦いの場に戻ってきました」と演技が始まる前には冷静に実況していたが、最初のジャンプである4回転サルコウが見事成功すると、彼の実況に熱がはいりはじめる。
羽生選手は4回転トーループ+トリプルトーループを決めると、鳥海アナは、 「完璧だー!」 とヒートアップ。
演技が終わると、 「帰ってきました。強い羽生が戻ってきました」 「なんという精神力、なんという高い技術。羽生結弦がパワーアップして帰ってきました」とはっきりと興奮して言った。
「やはり彼は王者でした。異次元の強さです」
そしてその後、彼は思わず(といっていいだろう)、こう呟く。
「これだけ完璧な演技が・・・。本当に彼は2ヶ月間、氷の上に乗れなかったのでしょうか。信じられません」
アナウンサーは、実況、目の前で起きた出来事を正確に冷静に伝えなければならない。 けれど、そこは人間ですもんね。主観がどうしても入るし、アナウンサー自身の感情が出てしまうこともある。 実況という〈無名性〉を超えて彼の感情が発露したときに、戦う選手と(TVの前も含めて)観客との〈ブリッジ〉になりうる。
アナウンサーという〈無名性〉で思い出すのは、NHKアナウンサーだった故中西龍である。彼はラジオでアナウンスするときには「私は」ではなく「当マイクロフォンは」と言った。しかし、その語り口調と名調子ゆえに、彼は〈無名性〉を超えて、一個人としての「当マイクロフォン」になった。