慶應鶏肋録

めし、フロ、慶應通信の勉強(卒論)、ついでの雑用とか

新約聖書をひらいてみました

6時起床。今朝も一段と寒くなっている。これからはどんどん冷えていくしかないんだろう。朝が辛くなるのかなあ。

仕事の中日(なかび)、みたいな1日。やることはあるけれど、切迫感がない。ゆっくりと仕上げていく感じ。先週、先々週となかなかタイトな日々だったから、たまにはこういう一息つける合間というのもいい。つい、いろいろと余計なことを考えますが。

帰宅すると、「ニューズレター」11月号が届いていた。中身は明日読むとして、1月試験のことを表紙で見つけると、もう3ヶ月なのかと思ってしまう。まあ、今年もあと2ヶ月なんですからね。

フロ・メシと来て、その後はブログには行かずに[放送英語ライティング]の24回目を聴く。説明のパラグラフのつづきをやる。

昨日の投稿でも触れたけれど、さっそくに新約聖書を読んでみる。

訳は、田川建三のもの。この「携帯版」、めちゃくちゃ文字が小さいと評判だが、〈夕方老眼〉のわたしにはなかなか辛いものがあった。

でも、中身はめちゃくちゃ面白いのです。 「はじめに」として、訳者のまえがきはこんなふうにはじまる。

新約聖書と呼ばれてきた書物は、本当はもちろん「聖書」ではない。こんなことは、誰でもよく知っているはずのことである。

えっ? なにを言っているのか?

新約聖書 本文の訳

新約聖書 本文の訳

新約聖書 本文の訳 携帯版

新約聖書 本文の訳 携帯版