※ネタバレ注意※
バルバラ『赤い橋の殺人』(亀谷乃里訳、光文社古典新訳文庫)、読了。
新刊で書店に並んだときに、ちらと背表紙だけは確認したが、バルバラという作者にピンとこなかったので、そのまま素通りしてしまっていた。
後で、「週刊文春」で坪内祐三が取りあげているのを知って、あわてて書店へ戻った。
- 作者: シャルルバルバラ,Charles Barbara,亀谷乃里
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2014/05/13
- メディア: 文庫
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シャルル・バルバラというのはフランスの作家だが、生まれは1817年というから、ざっと200年まえの御仁である。この『赤い橋の殺人』がはじめて出版されたのが1855年。
しかし、この作家はボードレールに音楽的影響を与えた作家としてのみ知られていたものの、本国フランスでも長らく埋もれた存在となっていた。
1970年代の半ば、訳者の亀谷氏は留学先で師事していた大学教授から、ふいにバルバラの名前を聞く。
読むなかで、この作家は私に大きな共感を抱かせた。おそらくはバルバラの作品が持つ音楽的抑揚と文体の動きが、私の心を捉えたのだと思われる。
強い興味を抱いた亀谷氏は、ここからバルバラという作家を追究していく。調査をはじめた氏は、しかしバルバラの資料がほとんど存在ないことに驚く。
「バルバラは闇に葬られた作家だ。だからいま世に出さなければ永遠に彼は知られることはないだろう」と大学教授は亀谷氏に言うと、バルバラの代表的な2作品『赤い橋の殺人』と『ウィティントン少佐』について論じ、さらには選集(その2作の註と異文)をつけて博士論文として出版すればいい、とアドバイスした。
その結果、バルバラの代表的作品のひとつ『赤い橋の殺人』が、こうして160年ぶりに復刊した。
ここに到るまでのエピソードもとても読み応えがあるが、この作品も負けず劣らず面白い作品だ。
全体の結構としては、探偵小説の体をとっていて、暗黒小説でもあり、哲学的心理小説でもある。
冒頭で、あるドケチな証券仲買人が川で溺死体で発見されるというフリがなされる。どうやら警察は自殺と判断したようだ。
物語は、語り部のマックスが、ふいに金持ちになった友人クレマンのもとを訪れるところから動き出す。要するに、赤貧生活を送っていたクレマンがどうして金持ちになったのかという謎解きになるのだが、ここだけでも読者にはだいたい事情が解ろうというもの。
これ以上は言わないが、現代のミステリ文脈で、この本を語っても仕方ないわけで、それよりも推理小説という形式が完全に出来上がっていなかった時代に、よくぞここまでという感が強い。
前述したように、探偵小説の体裁をとりながらも、実存主義的つまりは「神の死」がテーマのひとつであり、と同時にモデル小説でもありゴシップ的な色合いを持っている。
聖と俗を併せ持っている、いま読んでも充分楽しめるエンターテインメントなのである。