慶應鶏肋録

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【刺さる読書 #034】杉本宏之『30歳で400億円の負債を抱えた僕が、もう一度、起業を決意した理由』で感じたい、ひとりの生きた人間の”息づかい”

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杉本宏之『30歳で400億円の負債を抱えた僕が、もう一度、起業を決意した理由』(ダイヤモンド社)、読了。
いつも楽しく読ませてもらっているブログで、この本をやけに推してんなあと思ったら、こういうことでした(笑)。

ぼくの元会社は食品製造関連の業界だったし、大手ではあったが1円2円をどうやって削るか云々という世界の空気を吸っていたので、そこの住人からすればまったく異次元の話ではある。でてくる数字もその扱いも。
それを前提に言わせてもらっても、この本はなかなかに面白い。ぼく自身はノンフィクションというか「実録」系が好きだが、それを差っ引いてもというところである。

著者の杉本は株式会社エスグラントコーポレーション代表取締役社長。設立4年目の2005年に不動産業界史上最短、最年少で株式上場を果たした。
当時は時代の寵児ともてはやされた。

エスグランドの業績は、右肩上がりで伸びていった。新規事業への先行投資を重ねながら、2006年12月には、中間期にして売上高202億円、経常利益17億円の上方修正を発表した。中間にして、前期決算額を早くも上回る数字を叩き出したのだ。時価総額は200億円に迫り、私個人の年収も、29歳にして3億円を超えた。業界トップを視界に捉えた当時の私にとって、「ワンルーム業界」などという狭い世界のことは、次第に目に入らなくなってきていた。

ロリンザーフルカスタムのベンツSLに乗って出社し て、一着50万円以上するブリオーニのスーツに身を固め、時計はデイトナのアンティークからダイヤだらけのカルティエサントスまで幅広く所有した。プライ ベートのファッションも、クロムハーツ、ゴローズなとのアクセサリから、ディオール、ドルガバ、グッチまで買いまくった。高級セレクトショップの「リステ ア」で、毎週何十万と洋服を買うような生活だった。

上場ののち、ワンルームマンション事業に加えて不動産ファンド等も手掛け、驚くほどに売上高を伸ばしてきたが、2008年のリーマンショックの影響を受け、2009年に民事再生法の適用を申請した。
銀行は手のひらをかえしたようにそっぽを向き、社員役員は櫛の歯をひくように著者のもとを去って行き、怪しげな連中が彼のまわりをうろつくようになる。やがて資金繰りが行き詰まっていくと、債権者たちの殺気のこもった罵声がふりかかる。妻子と別離し、民事再生後には個人の借金が13億になっていた。

寵児は一転して、水に落ちた犬になった。

「この額は返せいないでしょ。さっさと、破産してくれ」
「いや、民事再生なんて生ぬるいことでは役員会を説得できない」
「自己破産して、社会的制裁を受けてくれ」
ある債権者は言った。
「なんなら、杉本さんが死んでくれたら話は早いんですが」
私が思わず俯くと、その債権者は半笑いで「冗談ですよ」と言った。

若き経営者の、ジェットコースター人生の懺悔録だ。

この頃、『ブルームバーグ』で読んだシティバンクのCEO、チャールズ・O・プリンスの言葉が記憶に残っている。
「パーティの音楽が、いつか止むことはわかっている。そして、止んだ瞬間に踊っている者に待ち受ける運命も。しかし、音楽が鳴っている間は、我々はただ踊るしかないのだ」

前に言ったように、ぼくは不動産業界をまったく知らないし、その著者がどう評価されているかも知らない。
この本が真実を語っている保証もないし(不要に着飾っている場合もあるし、その逆も)、書きたくともいろんな事情で書けなかったこともあるだろう。

一度水に落ちた犬が、同じ業界でまた這い上がってくるのは、そりゃ、当人含めて並大抵のことじゃないだろうけれど、上がって落ちてまた上がる、というストーリー展開だけに目を奪われては損だ。

このストーリーに、杉本宏之という、生きた人間の「息づかい」を感じたいと思う。
鼻息が荒いとき、
銀行に息巻いていたとき、
民事再生が決まったあとの、

岩穴に閉じ込められて、手の届かない天井から微かにこぼれてくる太陽の光を見上げながらため息をつくような、やけに静かで、息苦しい毎日

の呼吸の数々を。
そして、彼を支えた人たちの、たとえば携帯電話から漏れる、彼にをはげます言葉と言葉のあいだの息づかいも、また。

この本からビジネス書的な教訓や示唆をくみ取ることも大事だろうが、それよりもまず、ぼく自身は、彼の息づかいに耳を澄ませられたら、と思う。
そうしたら、同じ資本主義の世界を生きる人間として、彼となにかしらの共通項を見つけられる気がするし、著者に少しだけ近づけるような気もする。
業界も世代も趣味嗜好もまったく異なるけれど。