慶應鶏肋録

お気楽極楽勉強道楽。慶應義塾大学通信教育課程 法学部乙類学生(71期秋期)の卒業目指すジャーナル。

『豪雨の前兆』再読

6時起床。相変わらず頭痛がする。

会社を休んで、Eスクも視聴せず、漱石関連の文章を眺める。いつぞやインフルエンザに罹ったけれど、熱も下がってでも身体の怠さが抜けきれずボンヤリとしていたときに、活字を見るのも辛かったので、TVの「名探偵ポアロ」をずっと観ていたことを思い出す。あのリズム感が病人には心地良かったのですよ。

豪雨の前兆

豪雨の前兆

何回か読んだ、夏目漱石修善寺の大患のくだりを、また読む。「豪雨の前兆」というタイトルは明治43年夏の大雨から来ているのだが、その年の夏、漱石は伊豆・修善寺に転地療養に来ていた。そこで8月24日、漱石は病床の洗面器のなかに大量吐血し、30分ほど意識不明になっていたのだった。

「強いて寝返りを打とうとした余と、枕元の金盥に鮮血を認めた余とは、一分(いちぶ)の隙もなく連続しているとのみ信じていた。その間には一本の髪毛(かみげ)も挟む余地のないまでに自覚が働いて来たとのみ心得ていた」(『思い出す事など』)
一度死んだのだという自覚がないのはもちろん、死は特異なものでも恐ろしいものでもなかった。重大な経験ですらなかった。死は存在しないも同然であった。
「妻(さい)の説明を聞いた時余は死とはそれほど果敢(はか)ないものかと思った。そうして余の頭の上にしかく卒然と閃いた生死二面の対照の如何にも急激でかつ没交渉なのに深く感じた」
つまり、死は救いとはならないのである。死は全き無にすぎないのである。

関川夏央の、硬質な文体が病人の肌に、ひんやり気持ちいい。f:id:zocalo:20190424222657j:plain