慶應鶏肋録

お気楽極楽勉強道楽。慶應義塾大学通信教育課程 法学部乙類学生(71期秋期)の卒業目指すジャーナル。

未知の道 ~わたしの転類志望理由

6時起床。暑いけれど、湿り気の少ない風が吹いている。やや強すぎる。 今日から、娘の学童保育で夏最大のイベントであるキャンプに2泊3日ででかける。わたしは終日静かに在宅勤務する。

午前中早々に、法学部乙類への転類志望書類を郵便局で投函してきた。結果は今月末には解るというから、あと2週間ほど。7月の科目試験結果は来週後半あたりに発表らしい。悲喜交交になるかもしんない。

転類の志望理由としては、ごくシンプルに書いた。 もともと法学部甲類(法律学)を選択した理由は、自分のキャリア形成のためといっていい。わたしはいまICTサービス会社で品質管理部門に所属しているけれど、もともとは社会人になってからずっとシステムエンジニアだった(途中、雑誌編集者になったけれどこの話はとてもややこしいから割愛する)。

40代をすぎて、子どもをふたり授かった。昔で言えば「恥かきっ子」である。上の子どもができたのが40代前半、下が産まれたのが45歳のとき。 上の子どもが産まれたときに育休を一年間取得し、システムエンジニアも辞めた(ちなみに二人目のときにも育休を一年取得した!)。 システムエンジニアは、人が休んでいるときに働き、残業も当然のごとくしなければならないし、出張もある。日々のシステム運用もやらなければならない。いつでも顧客からシステムトラブルの電話連絡がある。そうやって、入社以来ずっと過ごしてきた。

もうすぐ職場復帰というときに、子どもを抱えてそれまでと同じ働き方はできないだろうと思った。というか、どこかでリセットしたいと思っていた。 そんなときに、品質管理部門に突然異動になった。それは正確にはわたしの意思ではなくトップの判断である(後日、これが誤解されてわたしの希望による異動と社内ではみなされて、とても不快な思いをさせられた)。そこにどんな意思や力学があったのかは知らないし聞いたこともない。

ひとまず、システムエンジニアというキャリアは終わった。品質管理部門が好きではなかったが、システムエンジニア職はもっと嫌だった。仕事というより職種自体に興味がなかった。だから、社内でも客先でもいつも居心地の悪さを感じていた。 対して、品質管理部門はコーポレートスタッフ部門、要するに管理部門である。こちらもほとんど知らない世界だった。そこでどんなスキルや知識とかが求められるのか、じつは3年ほど経ったいまでもよく解っていない。

法務的なことを求められることもあるし、プロジェクト管理の知識も必要になる。どれもわたしには未知の分野だった。

たまたま慶應通信に入学する前に、少しの間行政書士の勉強をしていた。行政書士になること自体はけっきょく挫折したけれど、文学部の演劇学しか学んでこなかったわたしにとっては法律も面白いもんだなあと新しい鉱脈を発見した気分になれた。

慶應通信のことを知ったときに、「ああ、法学部に入ろう」と即座に思った。

しかし、慶應の法学部にはもうひとつ、乙類(政治学)がある。 これを知って大いに悩んだ。というのは、わたしには雑誌編集者というもうひとつの〈黒歴史〉たるキャリアがあったからだ。わたしは35歳で転職し、書籍と雑誌の編集者になった。手がけていた雑誌は〈総合雑誌〉、たとえば「文藝春秋」みたいなものだったから、政治・経済ネタが多かった。仕事自体はとても面白かったし、上司も同僚もみんな面白い人たちばかりだった。

黒歴史〉というのは、そのキャリアを自分で放棄してしまったからである。これについてはこれ以上は言う気はない。何を言ってももうその道には戻れないのだ。いまさら政治の世界を勉強して、どうするのか。 そして前述のように、自分のキャリアや子どもたちのことを思うと甲類が妥当ではと、そのまま志願書を出したというわけ。

でも、入学からもうすぐ一年が経った今から改めて振り返ってみると、法律の世界はどうもわたしにはしっくりとこなかった。あの、法律が持っている論理というものの、冷え冷えとした肌触りは心地いいのだが、それ以上に政治やジャーナリズムの世界には自然と関心が湧いた。娘とはじめた新聞のスクラップは、ほとんどが政治の記事ばかりだった。憲法のような法律ネタも多いけれど、どちらかというと政治的なあるいはゴシップ的な側面で拾い集めている感じがする。録画したTV番組はだいたいノンフィクションかドキュメンタリー。本も同じ。

好きというより、肌が合うんだろうなという気がする。そんなわけで、もう一度政治の勉強をしてみようと思った。それが転類志望理由である。

あれ、シンプルじゃなかったかな。