無事に芥川賞直木賞の銓衡会も一段落ということで、通常運転に戻りたいと思います。
芥川賞直木賞のエピソード本といえば、手元にあったのは永井龍男『回想の芥川・直木賞』(文春文庫)。
- 作者: 永井龍男
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 1982/07
- メディア: 文庫
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永井龍男は、小説家、ことに短編の名手とされているが、作家になる前は文藝春秋の社員であった。
1935年(31歳のときだ。ちなみにこの年に大江健三郎が誕生している)、1月に創設された芥川賞直木賞の常任理事として1943年まで両賞の事務方を担っていた。1952年上期から1957下期まで直木賞銓衡委員を、1958年上期から1977年下期まで芥川賞銓衡委員をつとめていた。
その経験やエピソードをつづったのが本書*1である。エピソードの多さもそうだが、ときどきの選評も載せていて、資料的価値も高いと思う。
ま、文学賞なんて同時代の作品についてはそれなりに感情移入できるが、過去の作品のエピソードなんぞ手にとらないのが一般的なんだろうが。
いまでこそ、芥川賞直木賞銓衡結果は、ニコ生での中継や書店でのパブリックビューイングが開催されているが、かつてはこんな”賑わい”を見せてはいなかった。
受賞決定当日の午後七時に、各新聞社へ通知したと前項にあるが、当時新聞社側は一出版社の企画としか受取らず、申訳のような記事しか掲載しなかったことは、
「芥川賞、直木賞の発表には、新聞社各位も招待して、礼を厚ふして公表したのであるが、一行も書いて呉れない新聞社があったのには、憤慨した。そのくせ、二科の初入選などは、写真付で発表してゐる。幾つもある展覧会の、幾人もある初入選者とたつた一人しかいない芥川賞、直木賞とどちらが、社会的に云つても、新聞価値があるか。あまりに、没分暁*2だと思つた。そのくせ文芸懇話会賞の場合はちやんと発表してゐるのである」(十月号・話の屑籠)
の一文に依っても知られる。
現在に比べて、隔世の観とはこのことであろう。また、現在は、詰めかけた新聞記者に対して、代表委員が銓衡経過を説明するのが例になり、これが当夜のテレビ・ラジオで速報され、翌日の新聞に詳細に報道されるので、各委員が文藝春秋・オール讀物に書く感想は、一般には気の抜けたものになり、見過される傾向がなくもない。代表委員の報告も、それを受取る新聞記者側の理解も、必ずしも万事正確とは云えぬ場合がある。
永井と芥川賞の関係で言えば、永井本人は、1976年(72歳である)村上龍『限りなく透明に近いブルー』への芥川賞の授賞に抗議するかたちで、「老婆心」と題した選評を提出し、芥川賞銓衡委員の辞任をいったん申し出た。
これにたいして、主催者である日本文学振興会の担当が慰留し*3、辞任を取りやめたが、翌年1977年、池田満寿夫『エーゲ海に捧ぐ』の芥川賞受賞決定に対して、選評で「空虚な痴態だけが延々と続く」と断じて、前々回*4での『ブルー』授賞も取り上げて、『エーゲ』を「前衛的な作品」と一呼吸置きつつも、全否定に近い見解を表明して、委員を退任している。
- 作者: 村上龍
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『ブルー』をめぐる喧噪でもなんとなく解るように、文学賞というのは騒がれてナンボという側面は否めない。ニコ生の中継で解説を務めた栗原裕一郎が番組のなかで、「受賞会見では、作家がなにかやらなくちゃいけない雰囲気になってきてる」と言って、それは田中慎弥が最初だというが*5、源流はもっと前にあるのではないか。そして、そういう喧噪あるいは騒動といったものも含めて、芥川賞直木賞というのは人口に膾炙し、賞としてその一頭地を抜いた存在になっていったのではないか。
たださいきんの銓衡会は、そういう騒ぎは対岸のこととして、候補作ひとつひとつをきちんと吟味していくという冷静さを維持しているように思うのだが、それはひいき目ですかね。
*1:巻末の両賞受賞作+候補作一覧は、1991年第113回分まで記載あり。
*2:わからずや
*3:じつはこの銓衡会の直前に、委員のひとりである舟橋聖一が死んでいるので、主催者側としてはその補充もしなければならなかったという裏事情を永井は理解していた。
*4:1976年下半期第76回は受賞作ナシ。
*5:受賞会見時の言動(特に発言内容)については賛否両論ある。受賞時の記者会見では、何度もアカデミー賞にノミネートされながらなかなか受賞できなかったシャーリー・マクレーンになぞらえて「シャーリー・マクレーンが『私がもらって当然だと思う」と言ったそうですが、だいたいそんな感じ」と心境を語った。また、賞をもらったことについて「断ったりして気の弱い委員の方が倒れたりしたら、都政が混乱するので。都知事閣下と東京都民各位のために、もらっといてやる」などと選考委員の一人であった石原慎太郎を挑発するような発言を行い、さらに「とっとと終わりましょう」と記者会見を早く終わらせようと促した。こうした田中の様子はマスコミの注目を集め、朝日新聞は「不機嫌な様子で何度も首をひねりながら、冗談とも本気ともつかない『田中節』を展開」と評し、毎日新聞は「緊張のあまりか、椅子に身を沈め、不機嫌そうな様子」と伝えた。(wikipediaより引用)