慶應鶏肋録

めし、フロ、慶應通信の勉強(卒論)、ついでの雑用とか

【芥川賞直木賞予想 #157-4】沼田真佑「影裏」を読んでみた

沼田真佑「影裏」(「文學界」2017年5月号)、読了。この作品は第122回文學界新人賞でもある。新人賞から芥川賞候補になった作品は珍しいことでもない。

主人公の今野は仕事の異動で、守岡へと移り住んだ。彼には同僚の日浅がいて、お互いに釣り仲間でもある。

「でもある」と書いたのは、今野が〈性的マイノリティ〉であることがさらりと書かれていることで、その〈さらり具合〉ゆえに日浅との関係に陰影が加わる。 そう、この小説はマイノリティを扱っている。それも正面から取り扱っているのではなく、日常風景に溶け込んでいる。

何とも難しい主題を支えているのは、なによりその確かな文章である。盛岡近辺の自然と魚釣りの描写、日浅のやや破綻気味の性格と行動、そして彼との〈友情〉。そのどれもが調律された文章によって気持ちよく流れていく。

酒で言うなら、喉に〈クイクイ〉入ってくるという感じ。喉ごしがいいテキストなのだ。

だが、文章の気持ちよさに酔っていると、日浅はある日消えてしまう。 彼はどこへ行ったのか。 後景にある東日本大震災によって、あるいは彼が直前までしていた仕事の性格によって、逃亡とも死んだともとれるのだが、その曖昧さを主人公は許さない。

その一途ともいえる行動は、しかし、最後の方で日浅自身によって裏切られる(ように思われる)。そこでタイトルの「影裏」が効いてくるのだ。

この作品、芥川賞を獲ってもおかしくはないと、わたしは感じた。